ハコブロ

箱には無秩序に日常が投げ込まれているよブログ

時刊 わたしのサンタさん4

輝く赤

 真夜中すぎ、もう消灯時間は過ぎているだろう。こんな時間に起きているなんて初めての経験だ。でも、私は寝れなかった。
 サンタさんの話が、とても面白かったから。
「それでどんどん人形を作ってね。わざと行列にして」
「まあ、そうなんですか。人形で?」
「そう。普通の人形が人間になって、もうほんとびっくり」
 サンタさん自身も驚いたように話す。私も、想像は出来ないけど一緒になってうなずいた。
 私は目が見えない。
 生まれたときは平気だった。それがいつの間にか見えなくなって、こうして今は入院している。
 手術はした。それで、目が見えるようになっているはずだった。でも私はいまだに、目を開けることが出来ないでいる。
「……サンタさん?」
 サンタさんが急に黙ってしまったので、私は不安になって声をかけた。
「あ、うん……ごめん、ちょっと考え事」
 不安そうな声でサンタさんが言った。
「どうしたんですか? よかったら話してみてくださいよ」
「うん……いや、実はね」
 そう言ってサンタさんは黙ってしまった。話して良いのか迷っているのかもしれない。私にはサンタさんの顔が見れないから、確かな判断は出来ないけれど。
「次の、プレゼントを配る子について考えていたんだ」
 少ししてサンタさんはそういった。確かにそれはプライバシーに関わることかもしれない。無理に聞いては悪かっただろうか。
「ごめんなさい、無理に言わなくても」
「いや、いい。大丈夫だ。……うん、実はね」
 サンタさんは少し咳払いした。イスが動く音がする。多分、居住まいを正したんだろう。
「実は、君なんだ」
「え? 私ですか?」
「うん」
「素敵……何がもらえるのかしら」
 ここに入院して、クリスマスなんて他人事になってしまったと思っていた。ささやかなパーティをやっていたけど、私はこんなだから楽しめなかったし……。
「準備はいい?」
「準備って、何か必要なんですか?」
「ああいや、何もしなくていいよ。そのままじっとしてて」
 言われるままに私は止まった。
「ちょっと触るよ」
 そういって、サンタさんの手が私の髪に触れた。
「くすぐったいです」
「ご、ごめん」
「冗談ですよ」
 思わずくすっと吹き出す。
 サンタさんは「まったく」と言ってから、また手を動かした。サンタさんの手が後頭部にまで伸びていく。
「あっ」
「動かないで」
 サンタさんが触ったものが分かった。私の、両目を覆う包帯の結び目。その結び目をサンタさんが優しくほどいた。包帯がずれ、目に空気が当たる感触がする。
「また、触るよ」
 そういって、サンタさんの手がまぶたに触れた。思わずびくりとして身体をゆする。サンタさんも驚いて手を引っ込めたみたいだけど、また優しくまぶたに乗せてきた。
「……クリスマスパワー」
 ボソッとサンタさんが言った。
 少しして、サンタさんがまぶたから手を離した。私の胸が早鐘を打っている。
「……まあ、言わないでも分かるとは思うんだけど」
 サンタさんはそういってから一呼吸置いて、
「君の目は、これで見えるようになった」
「見える……」
 目が、見える。
 震える私の手がそっと両目にかかった。
 本当に見えるの? 私は、本当に、見ることが出来るのだろうか。
 見たい。目を開けて、もう一度、見たい。
 でも出来ない。開けることが出来ない。怖くてとても出来ない。
 もし何も映らなかったら? 手術をして、サンタさんまで来て、それでも映らなかったら、私は、どうしたらいい。
「……ごめんなさい」
 声が震えていた。閉じきったまぶたから、水が漏れ出してくる。
「ごめんなさい、サンタさん……私、信じられない。私、怖くて……怖くて……」
「……うん。そうだよね、ごめん」
 なんでサンタさんが謝るんだろう。悪いのは私なのに。弱い私なのに。
 私は声を押し殺して泣いた。後から後から、涙がまぶたの隙間からこぼれて落ちる。そんな泣き虫の手を、サンタさんはそっと握ってくれた。それが余計に申し訳なくて、私は泣くのを止められなかった。
「サンタさん……私、私……見たいよ」
「うん……」
「でも怖いの。何も見れなかったらって思うと、私……もう、怖いのは嫌なの!」
 思わず大きな声が出てしまった。
「珠樹ちゃん? 起きてるの?」
 はっとして口を押さえたけど、もう遅い。ちょうど外を歩いていた看護士さんが私の声に気がついて、控えめに部屋をノックしてきた。
「まずい」
 サンタさんがつぶやいた。サンタさんの暖かさが手から離れる。
「ごめん、もう行かなきゃ」
「待って!」
「珠樹ちゃん? どうかしたの? 珠樹ちゃん、開けるわよ?」
 ドアの鍵を開けようとしている音がする。
 サンタさんは、サンタさんはどこ?
「約束だ」
 サンタさんの声が聞こえた。ドアとは反対のほう、そこに、確か窓があったはずだ。
「君の目は見える。本当だ。いつか、信じられる日がきたら、その時は勇気を持って開けて見て欲しい。君の見たいものが出来たときでかまわない。君は、何でも見れるんだ」
 待って。まだ行かないで。
 まだお礼を言っていない。楽しい話をしてくれたお礼を。寂しさを紛らわせてくれたお礼を。手術で直ってるはずの目を、信じるように嘘をついてくれたお礼を。
 私はまだ、サンタさんに何もしていない。
「待って!」
「珠樹ちゃん!?」
 私が叫ぶのと、看護士さんが入ってくるのと、窓が開け放たれるのはまったく同じタイミングだった。
 部屋の中に冬の寒い空気が進入してくる。両まぶたを、冷たい手がそっとなでる。
 その手に誘われるまま、私の両目が開かれた。
 赤。
 赤い。
 赤い人。
 赤い服を着た人。
 サンタさんだ。
 サンタさんが、窓辺で私のほうを向いていた。
「メリークリスマス」
 ひげの無い顔で、サンタさんはそう言って窓から飛び降りた。
「サンタさん!」
 床に降りる。冷やされた床にびっくりするけど、そんなことに構っていられない。私は窓まで走って行って下を覗いた。
 そこには誰もいなかった。
 ただ、雪化粧をした町並みだけがそこにあった。
「珠樹ちゃん? どうしたの?」
 看護士さんが慌てて私を後ろから抱きしめた。私は看護士さんを見る。誰だろう。ああ、この声、小田さんだ。そっか、小田さん、こういう顔だったんだ。
「珠樹ちゃん、目が……」
 小田さんがびっくりしたような顔をした。そう、これは、確か驚いてる顔だ。そうだ。そうだ。
 病室を見回す。ベッドがあった。果物があった。花があった。ああ、そうだ。そうなんだ……。
「ねえ、小田さん」
「なに? どうしたの?」
「サンタさんって、本当にいるんだね」
 開かれたまぶたから、またひとすじ涙がこぼれた。 
 
 
<つづく>