時刊 わたしのサンタさん3
パートタイマー
「いらっしゃいませー」
レジに出された本を裏返してバーコードを読み込む。
「一点で630円です。カバーはおかけしますか?」
「つけます」
つけますじゃねえだろつけてくださいだろうがアホか日本語ちゃんとしゃべれ。お前がつけるのかよちげえだろうが。
商品を換え本と交換してカバーをかける。あ、いかん、ちょっとずれた。まあいいや。
栞を挟み、袋に入れ、テープでとめる。
「失礼いたします。1000と、30円お預かりいたします」
レジを開ける。400円を取り出し、レシートをちぎる。
「400円のお返しです。おりがとうございました」
頭を申し訳程度に下げる。深々と下げる余裕なんて無い。
クリスマスだというのに、そんなイベントは本屋にはまるで関係ないようだった。あるとすれば今、俺の頭の上に赤い帽子が乗っかっていることくらいだろう。何度もずり落ちそうになって邪魔なことこの上ない。
「いらっしゃいませー」
こんな日にユリア100式ですか、おめでたいですね。
まったくなんで俺はこんな日にバイトなのか。っていやまあ答えは分かってる。単に月曜がシフトだったからだ。でも分かっててもそこは言わないで欲しい。確かにシフトを出すときに25を休みにしたらそれで全てが解決だったはずだああそうさ。そうだよ何も予定が無いんだよ。昨日も休みだったけど何もして無かったよ。M-1見てたよ。何か問題がありますかってんだよこんちくしょう。
「ありがとうございました、いらっしゃいませー」
さっきから人が途切れない。レジには長蛇の列といっても差し支えの無いほどのお客様であふれていた。
何を好き好んでこんな日に本屋に来てるんだアホか。しかも平日じゃねえかなんでこんなに人がいるんだよくそか。ふざけんなよちくしょう。ああくそ、バーコード読み損ねたくそったれ。
「3点で1479円です。カバーは」
「カバーおかけいたしますか?」
自分の声に重なって別の声が生じた。驚いて左を見ると、いつの間にか吉岡さんが来ていた。ありがたい。これでカバーかけと袋入れは任せて、レジ打ちに専念できる。早く仕事が出来る。
「1500円お預かりいたします。21円のお返しです、少々お待ちください。お次のお客様どうぞ」
少し右にずれて、俺はひたすらにレジを打ってはスリップを抜いて左に流す。それだけの時間が続いた。余計なことを考えない、機械になったかのような時間。そんな時間が30分も続いた頃、ようやく行列のお客さんが全部はけた。当面は安心だ。俺は盛大に息をついた。
「なんだったんだ今の時間は……」
「凄かったですね……」
隣で吉岡さんも微苦笑していた。ああ、そういえば、途中から入ってもらってたんだっけ。忘れていた。
「ありがとう。助かったよ」
「いえいえ」
「あれ、吉岡さん、今日何時まで?」
「18時です」
「ああ、一緒か」
まあ、普通は昼だけだよな。夜は予定があるだろうし。俺は無いけど。侘しい話だまったく。
「でも、少しよかったです」
急に吉岡さんが言った。よかった。よかったとは、一体何がだろう。ぼーっとして話を聞き逃したか?
「えっと……ごめん、何が?」
「お客様がいっぱい来てくれたおかげで、こうして玉置さんと話せてますから」
なんだ。一体なんの話をこの子はしているんだ。俺と話が出来てるって、それは一体どういう意味だ。
どうしてこの子は頬を赤くしてるんだ?
「え……っと、それ」
「いらっしゃいませ」
「あ、い、らっしゃいませ」
なんていうタイミングでくるんだ。ありがとう。ありがとう? 助かったのか。いやまあ、助かったか。ってちくしょう、この雑誌ぜんぜんバーコード読みやしねえ、くっそ落ち着け俺なに慌ててんだまだ慌てるような時間じゃないはずだ、そうだろう。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
お客さんが去った。俺はトレイに乗ったお金をレジの中に詰め込む。時間が空いて少しだけ落ち着いた。
つまり、あれか。そういうことなのか。そういうことと思っていいのか。いや待て勘違いしちゃいけない、って他にどう解釈しろって言うんだ。ここは勘違いしちゃっても良いんじゃないか。しなきゃだめなんじゃないのか。
「玉置さん」
「はい!?」
思わずキョドる。声も上ずったし、最悪だ。
「今日この後……何か、予定はありますか?」
「……いえ、ない、です」
吉岡さんの顔が明るくなった。知らなかった。こんな、かわいい顔をする子だったのか。
「じゃあ」
「吉岡さん、ちょっと来てー」
店長の藤田さんが吉岡さんを呼んだ。吉岡さんは「はぁい」と答えた後に、
「じゃあ、また後で」
とつぶやいて去っていった。
また後で。
後で、一体俺は、どうなってしまうんだろう。
18時までの残り20分を、こんなにドキドキしながら、俺はちゃんとやれるだろうか。
自分の高揚を感じながら、身体だけを残して、自分の全ては20分後の未来へと一足先に行ってしまったようだった。
<つづく>