時刊 わたしのサンタさん2
つとめて
吐いた息がまるで雲のようだった。そのまま空の高いところまで上ってくれればどれだけいいだろう。そうしたらきっと、私の思いが雪になって降ってくれるのに。
なんてことを考えて、思わず私は笑ってしまった。いったい私は何歳のつもりでいるんだろう。
駅前の広場はイルミネーションで輝いていた。今日と明日、2日に渡って光り輝くイルミネーションで飾られるそこにいるのは、今は私1人だけだった。時間も時間だし、それはそうだろうなと思う。今日は月曜日だし、普通に仕事がある。そして彼も、やはり仕事なのだ。
仕事。そう、仕事だ。大人な私たちは働かなければいけない。クリスマスだから休むなんていうのは若者か、もしくは年頃の子供がいる人だけがしていいことなのだ。
本当は昨日、会うはずだった。会えるはずだった。買いたいものがあったし、行きたい場所もあった。レストランも予約していたし、渡したいプレゼントも用意していた。
でも、全てがパアになった。それもやはり仕事のせいだった。
彼が急に休日出勤を言い渡された。彼は一日中、誰もいない会社でパソコンの世話をすることになったのだ。その代わり彼は今日が休みになった。しかし、今度は私が仕事に行かなければならない。
まったく大人というものは。私は洟をすすって身体を抱きしめた。なんだかどうしようもなく寒くなってきていた。
なんとか今日中に会いたかった。だから、彼の業務が終わる時間と、私の出勤の時間を合わせた。でも、ここに立ってからもう1時間近く経とうとしているが、未だに彼はやってこない。
前を向く。私だけのイルミネーションが輝いていた。しかし、そんなものに、一体どれだけの価値があるだろう。誰がそれを証明してくれるのか。誰もこの感動を共有してくれない。私の中にとどめておくしか出来ない。
そんなものは、無いのと一緒ではないか。
このイルミネーションも、私も、同じなのだ。世界から切り放され、見捨てられてしまったのだ。
寒い。とても寒い。
どうしてここに誰もいないのか。どうして、私の隣に彼がいないのか。いつまでこんな寒さに、一人で耐え続けろというのか。
もう嫌だ。会いたい。彼に会いたい。ぎゅっと抱きしめて暖めてもらいたい。一人は嫌だ。お願いだから、早く来て。
私の頬に冷たいものが触れた。私はそれを涙だと思った。なんてかっこ悪い。最悪だ。何だ今の私は。クリスマスに彼に会えないからというだけでべそをかくなんて、それが大人のすることか。
目元をぬぐう。しかし、そこに涙の痕跡は無かった。目元に当てたハンカチは乾いたままだ。では一体、何が。
その答えはハンカチに舞い降りた。
「雪……」
ひらり、と雪が降り落ち、すぐにハンカチにしみこんだ。いつの間にか、雪が降ってきていた。まさか本当に雪が降るなんてと、私は少しだけ驚いた。しんしんと、そこにある音を食べるかのように、雪はあとからあとから静かに降り注いだ。
「田牧さん」
だから、その声も空耳だと思った。
「田牧さん」
とても静かな世界で、私の名前と彼の言葉だけが鮮明に響いた。
声のしたほうに振り向く。そこに、息を切らした彼が立っていた。
「……上坂」
思わずほうけてしまった私のところまで走って来て、上坂は思いもよらない行動をとった。びっくりして何も出来なかった。気がついたときには、私の身体が彼の両腕に包まれていた。
「……ちょ、な」
頬が熱くなる。なんだこれは。上坂はこんなストレートなことをしてくれる奴じゃない。誰だこいつは。私の妄想が生んだ幻か。半ば本気でそう信じかけたとき、「本当だ」と上坂はつぶやいた。
「本当に田牧さん冷たいや」
「な、何を言ってるんだ」
「聞こえたよ、田牧さんの声。寒いって、寂しいって」
そんな馬鹿な。ふざけるな。そう言ってやりたかったけど、何も言えなかった。本当のことだから、何も言えなかった。
「ごめんね、田牧さん。独りにしてて……ごめんね」
頬を冷たいものが流れた。きっとまた雪だと思った。だから私は、そのまま好きなように流れさせた。上坂も、私を抱いたまま、何も言わなかった。
「……見て、田牧さん」
上坂に促されて私は顔を上げた。そこでは、イルミネーションが変化を見せていた。1日に5回、イルミネーションは姿を変える。今がその1回目。
「きれいだね」
「……うん、きれいだ」
私と上坂は、抱き合ったままその光景を見ていた。やがて、特別のイルミネーションが終わると、周りからまばらな拍手が聞こえた。いつの間にか、少なくはない人がまわりに集まっていた。そのまま足早に駅へと入っていく人たちもいる。
「雪、やんだね」
言われて空を見上げてみた。確かにもう雪は無い。あるのは、遠い場所から昇ってくる太陽の光だけだった。
「……寒いな」
「うん、寒いね」
「でも……だから、お前は暖かいな」
上坂の胸に額を当てて、私はもう一度だけ雪を流した。
<つづく>